×

[PR]この広告は3ヶ月以上更新がないため表示されています。
ホームページを更新後24時間以内に表示されなくなります。


ベルリン

旅は緩やかに始まる

旅の最初の目的地には、ドイツの首都ベルリンを選んだ。足掛け一週間滞在し、それからブダペスト、ベオグラードと南下していくルートを取る。しかし一週間滞在とは言え、その合間にドレスデンに1泊するから、実質ベルリンに泊まるのは5泊。そして初日は昼に到着だから半日しかなく、しかもポツダムに1日を費やしてみると、結局ベルリンで使える時間は3日半しかなかった。

しかもそのうち3晩コンサートに通ってみれば、結果、昼間の街歩きはかなり消化不良になってしまった。国会議事堂にも、ブランデンブルク門にも、チェックポイントチャーリーにも、そしてペルガモンにも行けなかった。壁も、結局見る機会がなかった。

写真)特にビールが好きなわけでもないのだが、見ているとなんだか美味しそうに思えてくるビールの看板がたくさんあった。

今思えば、3日半でもぜんぶ回れたような気もするが、長い旅行の初っ端で、まだリズムに乗り切れなかったのかもしれない。そういえば、写真も少ししか撮らなかった。でもそのぶん、友人宅に厄介になり、一緒に街を歩き、友人の友人にも会った。そうしてこの街に住む人を知り、生活を肌で感じ、旅行者の癖にそこに住んでいるような感覚を味わった。それは、一人でホテルに泊まる旅行からは得ることの出来ない貴重な体験だった。そして、また来たいと思った。楽しみは、次に取っておくのも良い。

6月1日(火)

5月31日の夜にニューヨークを発ち、チューリヒで乗り継いでベルリンのテーゲル空港に着いたのは翌6月1日の14時頃だった。欧州の大国の首都にあるとは思えない狭苦しい空港で、飛行機を降りたらすぐ荷物のターンテーブルと、入国審査の窓口が2つ並んでいた。

税関を抜けた細長いロビーは、中庭の駐車場を囲んで多角形状につながっているようだった。到着客と出発客が同居して、ごった返している。とりあえず現金を引き出そうと、アメリカのシティバンクのカードを握り締めATMに向ったのだが、むむ、引き出せない。このカードは使えません、とか、残高が足りません、と、メッセージが出てしまう。残高は来る前に足しといたのだから、そんな筈はないのだが。それでも私の焦りが通じたのか、数台目でなんとか(なぜか)40ユーロだけ下ろすができた。でも、これっきり、アメリカのシティバンクのカードで、シティバンク以外のATMからお金を引き出すことはできなかった(日本のシティバンクのカードは、CIRRUSマークのATMならどこでも使えたのに)。

そうしてバスに乗るために市内交通の一週間券を購入すると、25ユーロ(AB区域)もすることに驚いた。ニューヨーク($21)より高い。しかし新首都としてのインフラを現在整備している街と、100-50年前に整備されたインフラを使い倒している街を比べても仕方がない。ベルリンでNYより高いものは、多分それだけだった。

ツォー駅でバスを乗り継いで友人宅へ向かう。汗ばむ陽気だったが、ベルリンのバスは、冷房がないようだった。車窓から見たベルリンの町並みの第一印象は、クリーン。新しいというのと、清潔に手入れされているというのと、両方感じた。この都会の短くも激動の歴史の刻印は、一瞥しただけでは窺えなかった。しかし繁華街では中東系やアジア系の人も結構見かけ、ドネルケバブを売る店がちらりと見えて、ベートーヴェンやブラームスばかりがドイツではないことを実感する。

友人宅は、シェーネベルクの緑豊かで閑静な住宅街にあるアパートの一室で、これまた実にドイツらしく、清潔でさっぱりときれいな部屋だった。自分のところとはずいぶん違う住環境で、驚いた。この方が、良いなあ。隣の芝生は、やはり青い。

一息ついてから二人で近所のカフェまで出かけたら、途中で夕立に遭った。涼しくなった。

夕方、ちょっとした買い物にアレクサンダープラッツまで地下鉄で出かけた。途中、電車はちょうど市街地図の真ん中あたりで地上に顔を出し、突如現れた空き地をのそのそと横切って、再び地下に潜っていった。しばらく放置されている雰囲気が漂い、一角では道路を作っているようだった。ああ、15年前までこの辺で東と西に分かれていたのかなと、にわか旅行者にもなんとなくわかって、感慨を覚えた。でも周りの乗客はあまりにも平然としていて、街が東西に分断されていたことなんてなかったんじゃないかと思えるくらいだった。毎日乗っていれば当たり前だろうけれども、大都会のど真ん中に広がる真空地帯と、地下鉄の乗客の顔を見比べて、時は流れてゆくものだと思った。

アレクサンダープラッツは美術館島の北側に位置する、旧東側のターミナルの一つである。巨大なコンクリのビル群に囲まれた無性格にだだっ広い広場で、レーニン像が真ん中に立っていてもおかしくないような、「東」側の雰囲気があった。しかもデパートらしいビルの一つは閉鎖され、さびれている。その広場に面した家電量販店で、電池とフィルムを買って帰った。

夜は友人宅でスパゲッティを茹でて食べた。泊まらせてもらっているので、作るのを少し手伝わせてもらった。市販のクリームチーズソースの素にハムやら何やら入れて、最後にフェタチーズを加えたら意外に本格的な味に仕上がった。食事は、一人だとどうしても貧しくなるから、誰かと一緒のほうが良い。

こうして、旅のはゆっくりと始まった。

この頁の一番上へ 次のページ 旅行記のTOP 下目黒研究所TOP